アーカイブ :2009年12月 こんな日は月でも観に行こう

こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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根付鑑賞キーワード その5 粋

20091230231511粋…これはファム・ファタルを語ってからでなければ書けないと思っていました。ファム・ファタル同様、粋にもつい引き込まれてしまう本能的な魅力があるからです。

粋は、洗練されていて、気が利いているけれども、でしゃばるところもなく、さっぱりしていながらも人情味があって衆目の範となる所作や態度をさします。

歌舞伎などでもよく登場する言葉で「粋」と「野暮」。粋の反対は野暮ですが、野暮の反対は粋とも言いきれません。
野暮の反対だけではうまく言い表されない奥行きを持っているからです。
よく江戸っ子は宵越しの銭はもたねぇといいますが、粋は単に表面的な身なりだけをいうのではなくて、生き方の美学または美徳がこめられているからです。

粋は、日本的な美意識を表す言葉であり、外国ではこれに当たる言葉は見当たりません。

町人文化が開花させた根付にも当然、粋は影響を与えていました。腰もとに、凝った根付をさりげなく提げて自慢したくはあるものの、涼しげな顔で澄ましている風景が浮かびます。
自分から自慢したのでは野暮ったらしくなるので、他人が気づく間までの我慢比べといいたところでしょうか。

粋はあくまで他人から見た評価であり、もっと平たく言えば異性から見た「艶っぽさ」の評価であったと思います。
そのためなぜ粋であることを重要であったのかはよく理解できます。「侘び」や「さび」に共通する無常観や朽ちていく美ではなく、「粋」には人生の肯定や楽観的な前向きさを感じます。西洋におけるルネッサンスの人間賛歌の精神とも通じるところがあると私は思います。

根付は「粋」と「しゃれ」が磨いたとよく言われますが、粋の精神がなかったら今の私たちをここまで惹きつけることはなかったでしょう。

今年は満月で年越しになりそうですね。
9月からはじめたブログですが、多くの方からご感想や励ましの言葉をいただき書き連ねてきました。
また来年からもよろしくお付き合いください。
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