アーカイブ :2010年04月 こんな日は月でも観に行こう

こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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彫刻と彫塑

パートドベール同じ立体造形ではありながら、彫刻と彫塑は全く違います。日本では同じ彫刻という言葉でくくられますが、彫刻(カーヴィング、Carving)は固い素材から刻みだし、彫塑(モデリング、Modeling)は粘土などを盛りつけて形を作る全く別の技法です。

作り手からすれば真剣での勝負と竹刀での試合というくらいの精神的な重みが違ってきます。両方の技法を比べると決定的に時間や創作の自由度が違ってきます。

以前ガラスでパートドヴェール(粘土などで型をとり粉状のガラスを敷き詰めて焼成してできたガラス作品を作る技法)でメデューサを作ったことがあります。髪の毛を蛇のようにくねらせるのは、粘土を利用すると自由に盛りつけることができます。何度も修正ができる気軽さがあります。

これを固い素材から彫りだしていくとき、どこから彫っていくか、彫りすぎはしないかと一瞬手が止まります。塊の中から作品の姿をとりだしていくことは難しく、彫る人にしかその姿は見えません。彫っていくとピタッと腑に落ちるラインが見えてきます。

私はミケランジェロのピエタや高村光雲の矮鶏の作品を見ていて涙がこみ上げてきたことがあります。しかし今まで彫塑やブロンズ像でそのような高揚感を感じたことがありません。
彫刻では彫り除かれた断片との境界線が作品であり、もともとの塊が想起できます。そのため作品以上のスケール感を見る人に与えるのだと思います。それが彫刻にはあって彫塑にはない、独特の存在感と緊張感になるのです。
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| コラム | 07:13 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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