アーカイブ :2010年08月 こんな日は月でも観に行こう

こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

2010年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年09月

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劇的な瞬間

空観 牧神の恋彫刻は動きの一瞬を固定化し、主題を最も表す劇的な頂点を形にする。

私は悲劇の構造に関心があった。物語の形式としては悲劇と喜劇に大きく分かれ、古代ギリシアに成立したとされる。アリストテレスによれば、悲劇は人間の真理や崇高さを描き出すものとして、芸術の最高位と評価した。

悲劇は主人公の不幸や悲惨な出来事を題材として、主人公が破滅や受難と立ち向かい克服する過程が表現される。
例えば「ロミオとジュリエット」。このドラマではいったい誰が悪いのだろう?なぜ悲惨な結末を迎えたのだろうか?

破滅的な結末ではしばしば主人公や近しい存在が死ぬことも多い。主人公の献身的な、純粋な魂の叫びが報われることなく運命や社会環境や対立する人間関係の中で打ち砕かれていく。

その悲劇性が高ければ高いほど、観客はその絶望的な世界に、一筋の光明が見たくて物語に惹きつけられる。

非日常的な誇張された虚構のなかに、人間の本質的な、普遍的な真理を見出そうとする。

主人公の立場に同情や共感を覚え、喜びや慰め、恐怖、怒りなどの様々な感情を一緒に体験して、観客は自らの感情を浄化させていくことに、悲劇の本質はある。

今度は作る側からの視点でいえば、主人公の成功を如何に阻止するか、決して報われない悲惨さをどう表現するかが大切になる。運命のいたずら、社会的犠牲、周囲との対立、良心の葛藤、死と狂気の幻想、悪の存在、嫉妬、疑惑と様々な罠を準備する。

悲劇的な創作姿勢は演劇に限ったことではなく、絵画や音楽、文学といった芸術全般に及び、彫刻にも見ることができる。

私は根付の中にも悲劇的な瞬間を表現することで空観流根付の特長を盛り込もうと試みた。
美しさの奥に潜む底知れない闇の世界を表現できなければ、本当の美しさを表現できないと思っていた。

彫刻が永遠の一瞬を刻む限り、その意味を問い続けることが彫刻家の使命である。

写真は「牧神の恋」。





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