根付見聞帖 その1 投獄事件 こんな日は月でも観に行こう
FC2ブログ

こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

根付見聞帖 その1 投獄事件

080509_1945~0001新春明けましておめでとうございます。やっと本日から普段の生活に戻りました。
昨年ブログを訪れていただいた皆さまありがとうございます。今年も根付のめぐる魅力をお伝えするよう書き連ねていきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。写真はべたですが寅年なので、虎の習字練習を眺める虎。

さて今年最初の記事は、根付に関するエピソードを紹介します。今後歴史に登場する根付をいくつか取り上げたいと思います。

まずは根付がもとで投獄事件が起きたことから紹介します。

幕末泰平の眠りを起こした黒船が来航した嘉永6年(1853)のこと。
ペリー提督の随行員のひとりが、人足頭で三河屋幸三郎という男の腰に提げていた寄せ面の根付に興味を持ち、譲ってくれるよう尋ねたといいます。
幸三郎は言葉も分からず、根付を差し出したそうです。そのアメリカ人は大変喜び、お礼にアメリカ土産を幸三郎に贈りました。そのことが役人の耳に入り、お上の許可なくアメリカ人と交易をしたと咎められ、幸三郎は投獄されました。幸三郎にとってはまさに迷惑な話でしたが、このことが後に根付の転機となっていくのでした。

そのことを聞いたアメリカ人は幕府に掛け合って許しをもらい、ようやく幸三郎は釈放されました。
のちに日米間の条約が結ばれてから、偶然幸三郎はその時のアメリカ人と会い、家に招待され、もてなされました。アメリカ人は持ち帰った根付を友人に見せたところ大変評判だったことを伝え、自分が資金を出すので幸三郎に根付を集めるように持ちかけたそうです。これがきっかけとなって幸三郎が日本各地で根付を買い集め、海外に根付が輸出することになりました。
その後、幸三郎は三幸商会という美術商を開き、根付けのほかに外国人の好む美術品の輸出をして大成功を収めました。そして多くのコレクターや芸術家の目に触れることになりジャポニズムの原動力ともなっていったのです。

投獄事件がきっかけで、根付が世界に羽ばたくことになったのでした。
塞翁が馬といいますが、とてもドラマティックなエピソードです。




| コラム | 15:13 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT