根付の楽しみ方 こんな日は月でも観に行こう
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小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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根付の楽しみ方

空観 ふく兎根付はもともと着物の帯から提げ物をつるす際の留め具でしたから、道具としての機能性が必要でした。

しかし長い歴史のなかで、なぜ根付が愛されたかというと、機能的な実用性からではありません。
実用性だけでは着物を着る機会のない今では必要がないことになります。
また実用するだけなら、発生した時分はそれこそ木の根っこなどの自然物が使われていたと言いますが、それで十分だったはずです。

根付は、道具を超えた、装飾的な意匠や、装飾することで加味される価値によって愛されてきたといえます。

その価値とは自分を飾ることで、自分の内面を表現することに通じます。
ばさら大名などの奇抜なファッションにも通じますが、飾り立てることで強い自己主張する精神が今でも脈々と流れているのです。

泰平な世の中が長く続いた江戸時代は町人たちが台頭して、贅を競うようになってきました。根付に装飾的な細工を施すのは、決して大名や上級武士などの一部の特権階級のためだけではありません。町衆や職人たちまでが、自分の思いおもいに根付を注文し楽しんでいました。

たび重なる奢侈禁止令(庶民の贅沢を禁止する法律)で着物の素材や長さ、値段まで事細かに決められていたため、人目につかない根付などが華美になっていったともいわれますが、それは大きな理由ではないと思いまう。

当時の江戸っ子の美意識が深く反映されたいるからです。以前「粋」で採りあげたように「生き方の美学」を洗練させたのが江戸時代です。庶民たちは独自のルールに従って、人に迷惑をかけないよう、気が利かないといわれないように処世術を磨いた時代です。現在のように法律を知らなければ生きれない時代ではなく、肌身で会得すべきものでした。

三国志や水滸伝、南総里見八犬伝、はたまた石川五右衛門、鼠小僧に至るまで正義を重んじるヒーローたちが美学の本質を伝えました。権力に屈することなく立ち向かっていく庶民の味方に人々は心奪われました。

そのような「生きる美学」を集約して表現できる一つが根付だったのです。
さりげなく、卒がなく、でしゃばりすぎないけれど上品な感じのする根付が必要だったのでしょう。
時代とともに人々の心のなかで育まれた美意識が、根付を発展させ、日本発祥の芸術にまで高めたのです。

根付を楽しむときに感じる美しさや魅力とは、単に形の面白さや実用性ではなく、その奥に広がっている広大な美意識に触れることができるからなのでしょう。

写真は「ふく兎」。兎って飼ったら可愛いんだろうなと根付で想像して楽しんでいます。

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