守り抜くこと こんな日は月でも観に行こう
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こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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守り抜くこと

大震災が起きてから早一ヶ月が過ぎようとしている。震災の傷跡を報じるニュースを見ては胸が締め付けられる。いまだに続く天災と人災、そしてそれらの二次被害。被災された人たちの深い悲しみや不安、やり場のない怒りを思うと自分の無力さと焦りで私はどう言葉を発すればいいか分からなくなってしまった。何も手に着けられない気分の中時間が過ぎていった。自分ができることはこれだけなのか、援助に自分の偽善さと傲慢さがあるのではないかと自問する。一過性のものであってはならない。

被災された人と同じ目線でいるのか。その苦しみに寄り添っているのか。明日は自分たちも被災者になるかもしれないという緊迫感を持っているのか。決して対岸の火事ではないのだ。被災したときに誰のせいにすることなく自分の運命だという覚悟はできているか。今回の震災では多くの人が被災地の人を想い、自分を顧みずに努力している。復興に向けた取り組みも始まっている。

この震災を経験として私が強く思ったのは、大切にすべき人を守りたいということだ。ずっと守っていくために生きぬくこと。生きていること自体がそれだけで尊く難しいのだということ。生きる力が芸術を生み出し、生きる喜びが芸術を育ててきたのなら、私の創作においても生きることの意味を模索し続けなくてはならない。

桜の花が今年も咲きだした。人間の悲しみや苦しみなんて一向に気にせず、我よ我よと咲きだした。毎年見てきた桜なのに、今年の桜は凛とした美しさを感じさせる。来年また桜を見ることができるだろうかという空虚さと喪失感に自分を見失ってはいけないと、桜の花が私達に勇気のメッセージを送ってくれていると感じた春の夜だった。

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