写実と真実 こんな日は月でも観に行こう

こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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写実と真実

momijiga.jpg芸術のジャンルとして具象と抽象と大まかに分けることができる。具象とは「形体をそなえているさま。(美術などで)個体をそのまま写しているさま。(三省堂より)」とある。形而下の対象を写実的に捉えて作者の意図を明らかにする方法ということができる。しかし徹底的に写実したからと言って物事の本質や真実を伝えることはできるのであろうか?

そもそも物事の存在とは何であるのか?それは形に見える即物的、現実的な面だけなのだろうか。それともその奥に潜みながらも我々がうかがい知ることのできないなものなのだろうか。

このとき私は世阿弥の言葉で「秘すれば花」という言葉を思い出す。私が伝えたいのは感動の一瞬であり、永遠の時間のなかの劇的な場面の葛藤や共感、高揚などの心の機微である。先の物事の存在を問うならば、私は後者を選ぶ。

作品には対象との関係性や動機、興味など作者の関心が濃厚に投下される。時間的な経過や形而上の観念に形を与えて現実に再現されていく。私の考える芸術とは心の内面を表現することである。

現実的に写しとる技術を極めるということも必要だが、それ以上に真実を見抜く視点が芸術には求められる。

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