鏡獅子 こんな日は月でも観に行こう

こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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鏡獅子

鏡獅子 空観
鏡獅子
象牙  H49×W37×D29

数ある歌舞伎の演目の中で私の印象に深く残っているのは「春興鏡獅子」です。始めてみてから15年近くたつのではないかと思いますが今でもその当時の華やかな舞台を思い出します。伊東深水なども描いていますが、その魅力は舞踊の繊細さと獅子頭に命が吹き込まれた瞬間にみなぎる躍動感の対比です。後半には獅子の格好になって勇壮な毛振りで幕が引かれますが、みどころはやはり前半の舞踊につきます。

前半の設定は新春をことほぐ城中での宴の場、殿の面前で小姓の弥生が踊りを披露することになります。恥ずかしがる弥生ですがやっと舞い始めて、ふと獅子頭を手にすると、次第に獅子の精がその獅子頭に乗り移り勝手に動きまわります。あらすじとしては能や歌舞伎では一般的なのですが、獅子頭に命が吹き込まれる瞬間、弥生は事態が呑みこめず驚きの表情を浮かべますが、このときの獅子との掛け合いに観ている私も思わず引き込まれてしまいます。獅子が好きな私だから思い入れが強いのかもしれません。

| 根付作品 | 11:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑















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