恋する根付 こんな日は月でも観に行こう

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小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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恋する根付

SN3J0502.jpg このフレーズではどこかの映画タイトルになってしまいそうですが、作品の完成と未完成のあいだについての話しです。

ある日本画家の話ですが、作品を見た周りの方に「先生これで完成じゃないのですか」といわれたのそうですが、その画家は「何もわかっとらん」と言って、そこでやめずにさらに描き進めたそうです。後からやり過ぎてしまったことに気づいて、言われたときにやめればよかったと語られていたというのを聞いたことがあります。
きっと納めどきを逃して作為が出過ぎてしまったのだ思います。

確かにその見極めが一番難しいものです。
私も、名を残すよりも作品を残したいと言っては、どうしても作品の納めどきを先にしてしまいがちです。
私にとっての納めどきを紹介したいと思います。

作品は完成に近づいてくると急に変化する瞬間があります。
それは私以外にも感じるようで、その変貌ぶりはなかなか言葉にできないのですが、「恋をした乙女」のような輝きを放つ瞬間があります。まさに「恋する根付」が生まれてきます。

それまでは自分が作っているといった「一人称型」とすれば、突然自分で作った気がしない、誰かが作ったような「三人称型」の作品になるのです。本当に自分の作品でない感覚に陥り、もう一度同じ作品を作れるか自信がなくなってしまうのです。

無論それは作家の勝手な妄想なのですが、作品を嫁がせる前の夜は手放したくない気持ちで、とても寂しく感じられます。なんかこう書くと私の方が恋してるように見えるかもしれませんが…。

写真のスケッチは新作の石川五右衛門。明日いよいよ納めどきとなります。

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