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こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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こんな日は月でも見に行こう

090723_1519~02ふと立ち寄った高円寺のイタリアンでスパークリングワインを飲みながら、店内に響く家族の笑いや恋人たちの囁きに包まれ思った。

こんな日は月でも見に行こう。

ひとはぬるま湯につかると、その温かさになれてしまう。少し離れることでその温度や大切さを感じることができる。人との関係も同じで、近くにいるより遠くにいる方が強く存在を感じることができる。大切であればなおさらそう思う。

近くにいればいるほど依存して、自分への見返りを期待してしまう。でも依存してはいけない。そこに自分の居場所はない。
僕が求めているのは、芸術の高みを目指すこと。根付の頂きを見つめ続けること。
今は依存することはできないのだ。僕は根っからの天の邪鬼かもしれない、もともと幸せには縁遠いらしい。

たたかいつかれたときそっと立ち寄れる岬のように、遠い航海の安全を案じていてくれればそれでいい。

このブログのタイトルは、今年の春先アンデス山脈を旅したときに見た月に感動を覚えたから名づけた。標高3000メートルを超すアンデスで見る月は、日本で見るそれと違い、倍くらいの大きさと明るさがあって驚いた。月が私たちを照らすのはそこには見えない太陽の輝きがあるから。月の明りに遠きにある太陽を感じることができる。太陽ばかりでは月は感じられない。だからこそ月に惹かれるのかもしれない。

いにしえに月と酒を愛した詩人がいた。きっと同じことを思っていたのかもしれない。
今日は少し酔って、スパークリングワインの泡に月を見たようだ・・・。

写真は現在創作中の雷神。「一黙雷如」という『維摩経』の言葉から、仏法の真理は黙って伝えるものとの意味で、大切な思いは黙って伝えるという道を説いたもの。

| コラム | 20:49 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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