引き算の美 こんな日は月でも観に行こう
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こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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引き算の美

drawing.jpg自称「美の伝道師」と名乗る根付師にとって、美とは何か、一度はっきりさせておきたいと思います。

私の考える美は「引き算の美」。
過剰な情報をそぎ落とし、過不足なく真意を表している状態。

例えば一幅の掛け軸に湖に漂うように映る満月が描かれてあったとします。花にはガマの穂が投げ込まれています。そんなとき、外には満月があればそれでいいと思います。

「引き算」をするためには、調和が大切です。一見不完全でありながらも、すべての要素が補い合い、拡張したりと関係を持っている状態です。そこには日本人の中に流れる自然への崇敬が反映されていると思います。森羅万象どれ一つ同じものはなく、どの存在にも意味があり、すべては関係を持ち調和しています。そうした自然観を創作によって再構築することが「美」だと思います。

私がそもそも日本の美の再発見をしたのは陰陽五行を勉強したときです。自然の摂理を明らかにしようとした東洋思想の根底です。これは西洋の考え方と違っていて、目から鱗が落ちる気がしました。
その中で、自分の与えられた使命を感じるようになりました。その中で2つ簡単に紹介します。

● 人の存在理由はひとそれぞれですが、人と違うことを理解しないと調和できない。

● 陰極まれば陽となす。陽極まれば陰となす。すべては未完で調和していて、極は通過点である。

私にとって「美」の再現は、私の生き方であり、存在理由です。そのためすべて未完であり、道を極めていかないといけないのです。常に本来の使命を覚悟して、人と違うことを喜びとするのです。「引き算」というのはその生きる姿勢をシンプルにしていくことなのです。それは多くの人や物に出会い、多くの事を感じ取りながら、発見していくことしかありません。

多くの情報が氾濫し、増殖するなかで、見極めていくこと。
私にしかできない美の表現は、ありのままの自分に帰っていくことなのだと思います。

写真は「つき待ち」のスケッチ。先日かろうじて見ることができた中秋の名月綺麗でしたね。

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