握りしめる悦び こんな日は月でも観に行こう
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小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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握りしめる悦び

081205_1751~0001昨日に引き続き根付がもたらす効果について。

根付は手の平に収まる大きさを基本とします。わかりやすく言えば一寸、つまり3.3cm程の大きさが馴染みがいいものです。これは決まっているわけではないのですが、結果的に手の平で握り締めることができる大きさにすると心地よく感じます。

根付は道具として印籠などの紐の端につけた留め具ですが、同時に手のなかで転がしていると愛着を感じます。まさに愛玩するという言葉がぴったりします。根付の魅力をかねがね探っている私はこの大きさに人間共通の心理が潜んでいると思っています。

それは心理学でいう自己親密行動からくる安心感です。よく髪に手をやったり、身体の一部に手を置いたりと、自分自身の緊張や不安を取り除くために、無意識のうちに行うしぐさを指しますが、根付をめでることで同様の効果があります。触るということは好意の表れでその感触や温度など多くの情報を認知します。

また大きさですが手の平に余る大きさは威圧感を与え、小さすぎると失くしそうな不安感を与えます。手の平のなかに程よいフィット感が安心感を与え、掌中の世界で支配欲や獲得欲を満足させる自己優越性を味わっているわけです。
手の平は自分で自己防衛できるテリトリーを簡単に決めることができる身体的な最小単位です。そのため大きさによって、心理的な影響に差がでるのです。人間工学(エルゴノミクス)では機能的な面からも考えられると思いますが握ることで指全体が力が入り根付を通して力のエネルギーが吸収・分散がされます。長く持ってしまう心地よさはそうしたことも原因の一つです。

そのため根付が単なる道具の機能性を超えて、愛情をたっぷり注がれる存在になったのは、手の平を基本とした大きさに由来するものだったからなのです。たとえば根付に付属している印籠や巾着、煙草入れを見ても、根付のような単独の世界観を持っていません。それらは手の平で握る形状に収まっていないため、根付ほど愛玩する対象になりませんでした。

創作についても同じで、程よい大きさを握っているのが落ち着きます。これは言葉で伝えるのが難しいですが、創作していると2カ月くらいは毎日握り締めているのでだんだん握り心地が変化するので敏感になります。

根付は触れて磨かれるもの、ごく単純な言葉ですがとても奥深く感じます。

| コラム | 09:53 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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