歴史的な側面3 根付の模索時代 こんな日は月でも観に行こう
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小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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歴史的な側面3 根付の模索時代

前回、明治期に頂点を迎えた技術力を背景に海外での熱狂に応えて数多くの傑作が生まれました。しかしこのときから根付の本質が変わった事を取り上げました。その後の変遷を見ていきましょう。

終戦を迎え、根付はアメリカ人の眼に留まるところとなり、一時的な中興を迎えます。やはり日本趣味的な題材で、手ごろなものが好まれました。
1970年代になると現代を反映した根付を求めるコレクターの要請から、現代根付が始まります。同時に根付とは何かを問う模索時代ともいえます。この頃の根付は戦前の作品までを古根付に対する反対概念として生まれました。ここで根付を改めて見直す必要が生まれたのです。

高円宮両殿下が現代根付を収集され、現代根付ならではの魅力の啓蒙にご尽力されたことで、古根付と違った視点を国内外に与えることができました。現代作家の誰もが感謝せずにはいられません。

この時代の成果として、現代根付のマーケットが形成されたことです。
協会が発足され、デパートでの開催が多くの商社が根付の普及に一役かいました。またコレクターが国内外で展示会を開いたり、本を出版したりしたことも大きなことです。根付の美術的価値が主張され、ステータス感が重要になりました。
日本から始まった根付の創作でしたが、海外作家も増え続け、将来的にも今後が楽しみです。今までになかった根付の新しい一面が提示され始めています。

今に近いほうが概観しにくいものですが、現代根付の特徴を考えると、根付が「アイコン」化されたことです。根付の制約を守ればいいという風潮から根付「らしく」あることが重要となりました。角がなく丸みがないといけない、紐孔がないといけないといった形式が叫ばれました。

根付の題材においても「根付らしさ」が必要とされ、古根付との比較を取り上げられることとなりました。多くの作家が古根付の実物を手にする機会を心がけ、根付に関する文献や図録に目を通して研鑽をしています。それは「根付らしさ」を模索している状態ともいえます。創作において「根付らしさ」を求めることが、目的ではありません。今多くの作家が悩むジレンマだと思います。

「根付らしさ」とは根付を実用しない現代の人々が抱く幻想です。江戸時代創成のころ実用が大前提であった根付はそれこそ「根付らしさ」を求めていませんでした。逆に「根付らしさ」を崩すことで多様な試みがなされ、発展してきました。

現代根付には過去にとらわれない自由な発想で創作されたものもありますが、判断となるのは過去の根付との対比です。それは根付を単に古典と現代という時系列で分けた同一線状で見ているからです。現代根付ならではの新しい評価基準が育つまでには今後を待たざるを得ません。

これまで時代を読み解いてきた理由は、ここに未来への提言が隠されているからです。
根付が生活の必要性を欠いた存在となってから、時代の需要に翻弄される嗜好品となりました。これから根付のデフレが始まろうとしています。今や何らかの価値を持たない根付は存在できません。根付の本質まで考えている作家は少ないかもしれませんが、たくさんの作家がその本質を示すことが必要なのです。
私は批評家ではなく創作家ですから、今後折を見ながら具体的な形で示していきます。

根付の次世代をあなたはどう思い描きますか?

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