惹かれ導かれ こんな日は月でも観に行こう
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こんな日は月でも観に行こう

小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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惹かれ導かれ

tigar.jpg根付に出会う前から、私は根付が彫りたかったのだと思うことがあります。

小学生に入る小さいころに窓の鍵のレバーを見ながら立体のしくみを思い描いていました。絵を描くのがとても好きでマンガなどを写していました。そのうち画家になりたいと漠然と思っていました。10歳ごろにはプラモデルの人物を削ったりパテで埋めたりしながらブルースリーなどの闘う姿などを彫っていたこともあって、中学の彫塑の授業では頭部や手など好んで作っていました。このころから立体に対して興味がありました。

それからよく顔を見るのが好きで、よく友達のちょっとした瞬間の顔を見たり、いろんな表情を鏡に映したりする変わった少年でした。

画家になりたいという夢は、母から反対されたものの、心のなかにはずっと秘めていました。ファッションデザイナーに憧れて東京に出て、文化系の大学に入りました。「芸術は技術じゃないんだよ、コンセプトが大切なんだ」と自分に言い聞かせていました。機会があれば画家になる機会を窺って、アルバイト先の宣伝ポスターや、ウィンドーディスプレイなど自分から行ってました。

バブルが崩壊する少し前に会社に入りましたが、成績のおかげというよりは、アルバイト先で描いていたポスターなどの創意工夫が認められたからでした。宝石会社で店舗企画、ブランド開発のデザイナーとして配置されました。そこでは新しい事業の立ち上げに関わっていたので、デザイン、カメラ、広告、印刷、店舗設計などいろいろな分野の本を読んでは勉強の毎日でした。必要あれば真剣に取り組むもので、結果的には自分の幅を広げることができました。

宝飾マーケットは西洋発信ブランドに関心が高いため、私も西洋文化に興味がありましたが、根付を知ったことで日本文化を見直すきっかけになりました。その時の衝撃が今の道しるべになっていますが、それは伊勢の友人から地場産業としてたまたま根付を紹介されたのが始まりでした。宝石の装飾品としての楽しさや希少さ、またその大きさなど根付に共通することがありました。

大きな企業のなかで働くことは、個人ではできないような大きなプロジェクトに関わることもできます。しかし、僕でなくても企業の仕事は進むものです。そんな自分の限界も知ったことで、自分にしかできないことをしたいという思いが強くなりました。「自分の負える責任のなかで、自分にしかできないことをする」ということを求めたのです。その思いが根付へとつながっていきます。

偶然の積み重ねでここまで歩んできた人生、振り返れば必然の結果にしか思えません。惹かれるように導かれてきた道のり。この先どう歩むか、全く私にも分かりませんが、一つだけ分かるのは、与えられた今が必要あるものだと思って生きることだと思います。遠回りに見える道もゆっくり進めば、まわりの景色を眺めることも小鳥たちのさえずりを楽しむことができる。そんな経験が今を必要のあるものにしてくれるのだと思います。

写真は「知時得機」の途中写真。自称「世界一美しい背中」を目指し彫っていました。長い人生を象徴するかのような背中。

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