根付鑑賞キーワードその6 未完の美 こんな日は月でも観に行こう
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小さな変化に心を傾けてつづる空観流ひとりごと

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根付鑑賞キーワードその6 未完の美

空観 ピエタ模写ミケランジェロの作品は晩年になるほど未完成(ノンフィニート)の作品が多くなります。彼が完璧なピエタを作り上げたのは25歳のときでした。その後は奴隷像をはじめ「パレストリーナのピエタ」「ロンダニーニのピエタ」など、大理石から頭部と胴体が彫り出されただけのノンフィニートの状態で留められています。大理石にまるでスケッチをするかのようにノミ跡を刻み、または直観に突き動かされて彫り進められたそれらの彫像を見るたび、まだこれから彫り続けるかのような感覚を覚えます。

未完の美には観る側の心情が入り込む余地があります。完成された作品以上に作り手の意図や過程に想像力を働かせることができます。そこには苦しみや悲しさ、癒しや親しみなどを強く感じさせるように思えます。ミケランジェロはノンフィニートの作品を通して、彼は神への祈りだけではなく、私たちと同じ立場を向き返って何かを訴えたかったのでしょう。

自然を超える完璧な人工美を目指す西洋美術にあっては珍しいミケランジェロのノンフィニートへの執着。時代に翻弄され、終着点の見えなくなった彼が彫りたかったのは、魂の永遠性を気づかせることだったように思えてなりません。

話は変わりますが、「わび・さび」「幽玄」などの日本的な美意識の根底には禅宗や陰陽思想があって、全ては流転の状態で未完であるという意識があります。「陽極まれば陰となす、陰極まれば陽となす」というように、完成されたものはあとは崩れていくしかないのです。そのため日光東照宮の陽明門の柱も一本だけ逆さにすることで未完の状態にしていると言われます。

人間も含めて自然はすべて未完成。大切なのはその絶え間ざる経過の一瞬を続けることで自然も生命も循環させること。日本美術はそれを自然の風物に託して表現しています。それだけにミケランジェロのノンフィニートの作品に共通するものを感じ関心を寄せるのかもしれません。

根付もその未完の美があります。その美意識が根付を単なる道具から芸術的な発展を可能にしたのです。そこに深い魅力を宿しているのです。

写真は若い時に描いたピエタの模写。

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